まるたんの退院が決まった日、つまり退院の前夜です。
その時、私とIちゃんの心(正しくは脳ですね)が病んでしまったのかもしれません。
異常な高揚感は、ナチュラルハイといえるようなものでした。
でも、もちろん「良い興奮状態」では決してありません。
無意識にエンドルフィンを大量に分泌させ、精神的な苦痛を意識の外へと
追い出すことによって、突然の過剰なスポーツにも疲れを感じる隙を与えない…。
そんな強引な、ちからワザ的な高揚感でした。
激しいキックの連打で知らずに股関節を傷めた私は、
翌々日には立ち上がれないほどの痛みに襲われました。
まるたんを迎えに行った朝は、とても気持ちよく晴れていました。
Iちゃんと一緒に出かける準備をして、歩いて病院に向かいました。
帰りはまるたんも一緒。
ゆっくり休ませてあげようね。
そんなことを話しながら、穏やかな秋の陽射しの中を歩きました。
でも、気持ちは穏やかでものんびりしてもいなかったのです。
私は戦場に向かうように緊張していました。
絶対に負けられない…なぜかそんな気持ちでずんずん歩きました。
ちょうど病院の裏側に出る道が、私たちの通院路でした。
何度も通った、見慣れた病院の看板が見えてきます。
手前の駐車場には、院長の高級外車が三台停まっていました。
建物の上の方を見ると、三階の窓際に置かれた大小のケージの一番端に、
薄茶色い犬が見えました。その他はほとんど空っぽでした。
正面に回り、玄関から入ります。
受付には誰もおらず、中から院長が出てきました。
その時に交わした会話は、あまり憶えていません。
昨日までと同じ、処置室に入って左側の、手前から二番目の上段。
まるたんがいるところ。
ほんの2、3歩の距離なのに、小走りでまるたんのところに行きました。
「まるたん、まるたん」
「おうちに帰ろうね」
ケージの前に立って声をかけました。
まるたんは昨夜と違って、もう立ち上がってきてはくれませんでした。
可愛い顔をゆっくりと持ち上げて、小さい声で鳴くだけです。
美しいグリーンの瞳は少しも曇らず、私とIちゃんを見つめていました。
『もう立てないんだ』
口から出そうになった言葉を、ぐっと抑えました。
声に出して言わなければ、本当のことではなくなるような気がしたからです。
でも、現実は変わりません。
時間も戻りません。
ケージの奥の方でじっとうずくまっているまるたんは、今にも消えてしまいそうでした。
「食事がとれないとどんどん弱ってしまうので、ここにチューブをつけました」
院長がケージを開け、まるたんの身体を入口のほうまで引きずってきました。
私たちは、何がどうなっているのかすぐには理解できませんでした。
院長が言った言葉の意味は、
『ごはんを食べられないこの猫の体力が落ちてしまうので、喉の横に穴を開けて
食道に直接カテーテルを挿入するという手術をしました』
ということでした。
正面から見た時にはわからなかったのですが、近くにきたまるたんの首には、
透明なプラスチックでできたゼンマイのような形のものがあり、その周囲には
絆創膏が貼られていました。
ゆうべ私たちが帰った後なのか、それとも今朝早くだったのか、確認する気も
おきませんでしたが、まるたんは勝手に手術をされていたのです。
ご飯が食べられなくて体力が落ちているのに、
腫瘍の手術の後で痛みもあるのに、
そして、「覚悟しなければならない」ほどの状態であるはずなのに…
なぜ、こんな手術が必要だったのでしょうか?
それは、いまでもわかりません。
この先もずっと、わかることはありません。
私たちは、目の前のまるたんの姿がただ痛ましくて、かわいそうで、
胸が張り裂けそうでした。
その場で院長に少しでも何か問い質したりしたら、きっとそのまま
絶叫しながら狂ってしまう…。
そんな予感があり、くらくらしそうになりながら黙ってまるたんの背中をさすりました。
つぎの記事はこちらです→
☆
大好きですごくだいじで、可愛がってて頼ってて……
すべてがあったんだよね、さのすけくんの中には。
だからそれを失くして、ただ「悲しい」とか「寂しい」とかじゃなくて、
もっとすごくどんな言葉でも伝えられないくらいなんだっていうのは、
俺にもわかるの。
まるたんのこと書く時、Sも泣きながらだったりするよ。
でも、さのパパも頑張って読んでくれてると思うから、伝えたいことを
最後まで書こうと思ってるみたい。
さのすけくんも、とっても素敵な家族と暮らしてたんだよね。
泣いてもいいよ。さのママも、泣いてもいいから。
ちゃんと楽しかったこともいっぱい思い出して、さのすけくんに笑顔を
見せてあげてね。
いつもありがとう☆彡
ぎんっ!